第1部 通学交通の特徴


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第4章 スクールバス

一口に「スクールバス」とはいっても大都市圏・地方都市・過疎地域など各地方での認識のされ方は異なるようである。 以下では、「スクールバス」を運営事業者・運行形態・学校事情などによって分類してみることにする。

1. スクールバスの類型化

A. 学校運営型

スクールバスと聞いて第一にイメージする形態と思われる。 学校専用の車両を購入し、運転手を用意して運行する形態である。 便宜上、公立学校のケースをA-1、私立学校のケースをA-2とする。 公立学校での車両の購入費用に関しては文部科学省からの補助が出るほか、地方自治体や宝くじの収益金などがあてられることが多く、 全額を学校(家庭からの学費)でまかなうことはほとんどない。 私立小中高校でもこの形態は多く、車両の購入に関しては一部ではあるが文部科学省の補助が受けられる。 運行費用は利用料徴収もしくは学校予算(家庭からの学費)からの支出の2つのパターンがある。

今回の研究対象からはずれるが、幼稚園・保育園バスはこの形態が大半である。 ただし保育園のバスは厚生労働省からの補助金となる。

B. 自治体運営型

現在、過疎部のスクールバスの大半はこの形態である。 市町村が車両を購入し、専属運転手または役所の職員を運行に当てているケースである。 この場合、車両費用は文部科学省が大部分を負担することが多い。 運行費については総務省所管の普通交付税の割り当て金として補助され、足りない部分については自治体の税金から支出されている。 これは小中学生の最低限の通学手段を確保する目的と照らし合わせると、利用者負担は適当ではないからである。

C. 専用バス委託型

これは学校・自治体が車両を用意し、運行は既存の民間業者に委託するというケースである。 車両の購入は学校・自治体が行い、その際には前述の文部科学省補助金・宝くじ収益金などの補助が利用できる。

運行は学校の最寄路線バスを運行しているバス業者に委託されるのが一般的である。 運賃収受方法についてはおおまかに2種類あり、事業者が直接定期券を発行し販売する場合と、 各学校が生徒から定期券代を集金した上で委託費をまとめて事業者に支払う場合がある。 運行ダイヤ決定権は各事例により様々であろうが、基本的には学校側の意向による時間変更が容易である (運行便数に関しては事業者側の勤務体制との兼ね合いもあり易々と変更はできないのが普通)。

最近では学校・自治体が直接運営していたバスを、 既存のバス業者・タクシー業者に委託して運営の効率化を図るケースが都市部・地方を問わず増えている。 バス・タクシー業者も利用者が減り続ける中でスクール輸送をより重要な収入源として考えはじめている。

D. 専用バス貸切型

これは事業者所有のバスを各公立・私立学校の塗装にして専用輸送を行っているケースである。 この場合、学校の依頼のもとに事業者が自社で車両を購入し、自社で定期券を販売してその収入をもとに運行する。 1日中学校がバスを借りる形になるが、基本的には事業者の責任において運行される。 運行ダイヤの決定権は事業者側にあるが、学校が時間変更をすることは容易である。 学校専用の塗装となっているバスは学校輸送以外に使用できないので当然といえば当然である。

事業者による自己採算制をとるこの場合、赤字路線で採算が取れなくなったスクールバスは運行中止となるのが筋であるが、 そうなった場合は学校・自治体から赤字分が補填されることがほとんどである。

E. 時間貸切型

事業者所有の一般路線用のバスを、朝夕の通学時間だけスクールバスとして運行するケースである。 Dと同様に基本的に学校の依頼を受け、事業者の責任のもとに運行される。

ただし、この場合運行ダイヤ変更の柔軟性がA〜Dに比べて悪化する。 こうした「時間貸切型」の場合、朝夕以外の時間帯は一般乗合バスとして運用されることが多く、 急な時間変更を学校側が要請しても事業者側の運用の都合から不可能なことが多い。 テスト期間・学校行事などの特別ダイヤの設定も一般乗合バスの間合運用の範囲内で行わざるを得ない。 また1回のダイヤ改定をする際にも事業者側の運用パターンの変更など多岐にわたる書類のやり取りが必要である。

※都心部や地方都市などでは朝夕の既存路線バスの混雑緩和策として 駅と学校の間だけを結ぶなどの区間運行バスが多数運行されている。 ここでは学校側の依頼をもと恒常的に区間運行バスが運行されている場合は「E.時間貸切型」、 事業者自身の判断で増発便を運行している場合は「一般乗合バス」と考えることにする。

2. 利用者からみた利便性

<料金>

各パターンともそれほど料金負担が法外に高いというケースはほとんど無い。 公立小中学校であればスクールバスに関してかかる費用はいずれのパターンであれ国または自治体が負担するので費用は発生しない。 私立学校、高校の例も料金はその地域を走っている路線バスの料金を基本に設定されているのでどのパターンであれ、 それほど不満は発生しない。 専用バスであればある程度高くなるのは仕方が無いところなのであろう。

ただし、学校の近くを走る路線バスが存在するならば、事業者に運行を任せるC〜Eの形態が望ましい。 これは利用者からしてみればスクールバスが運行されない時間帯でも一般の路線バスに、 同じ定期券で乗れることを意味しているからである。 A・Bの場合は並行バスがあっても利用するのに別に料金を払わなくてはならない。

<ダイヤの利便性>

A〜Dは学校の要請に基づいたダイヤを設定して運行しているので テスト期間・学校行事・課外研修などの際のダイヤ変更が柔軟に可能である。 しかし、Eおよび本数の少ない一般路線バスでは基本的に事業者のダイヤが最優先され、 柔軟な臨時便の設定ができないため学校の思い通りのダイヤにならないことが多い。 大量の生徒を一度に運ぶことが求められる大きな学校では積み残しが発生し、不向きだといえる。

3. スクールバスをめぐる最近の動き 〜過疎部での取り組み〜

従来から過疎部では小中学校の統合にともない長距離通学を余儀なくされる生徒に対して、 スクールバスの運行によって通学の足を確保していた。 「A-1.学校運営型」や「B.自治体運営型」のいずれかによるものであった。 小中学校教育は義務教育であるため、文部科学省の補助金が十分に用意されていて、自治体の負担はほとんど発生していない。

しかし、地域の路線バスが廃止になり、 地域の高齢者・交通弱者の移動をサポートするコミュニティバスが各地で導入されるようになった。 従来は学校輸送専用として目的外の利用を認めてこなかった文部科学省であったが、 住民福祉のために文部科学大臣が特例をだしてスクールバスへの一般住民の混乗をみとめる例が増えている。

長野県川上村では従来から保有していた中学校スクールバス2台、辺地無料バス1台、保育園児・老人送迎バス1台の計4台、 4人の運転手を配置していたが互いに別々に運行されるため、 同じルートを走っているのに一般乗客は乗れないという状況でムダが多かった。 そこで1982(昭和57)年に千曲バスの路線バス廃止の代替バスを運行する際に、これらの自治体運営バスの統合が行われた。 4台のバスはいずれも川上村営バスとして一元的に運営されるようになった。 中学生用のスクールバスも一般路線と変わらない形になり、村からは生徒に定期券が支給されている。 効率的な運行によって経費が従来の75%に減少し、現在まで黒字経営となっている。

こうしたスクールバスの混乗化は奈良県十津川村、山梨県中富町、鳥取県日南町 (バス事業者に町内バスをすべて委託、町が生徒の定期券を購入)などに広がっている。

4. まとめ

スクールバスの様々な形態をこれまでに分析してきた。

特に過疎部でのそれは国が従来設定してきた「スクールバス」のモデルが、個々の地域の実情にあわせて分化していった姿である。 社会の基礎的インフラである「教育設備」は全国で均一的に整備されることが目標とされ、それが義務教育という言葉の意味であった。 スクールバスも家から学校が遠い過疎地でも都市部と同等の教育を受けられるように設けられているものである。 時代状況に左右されずに絶えず整備が必要な教育用のインフラは他の公共施設とは分離された「聖域」として扱われてきた。

しかし、行財政改革が国・地方とも進められる中で教育の場にもコストの概念が取り入れられてきている。 ムダな社会資本が多くなった今、「教育用」、「障害者福祉用」 とこれまで縦割りで別々に整備されてきたインフラが一体的に考えられるようになっている。 バスは各種建築物と違って簡単に目的外利用ができる。 バスを「走る公共施設」として捉え、地域の実情にあわせた「教育」「福祉」「医療」 といった様々なサービスを盛り込むという発想が前節で述べた動きにつながっているのである。

こうしたバスの運営については各市町村だけでなく、住民(特に小中学校の保護者)が運営に関わっていることも多い。 社会生活をおくるために必要な設備・サービスは(国に頼らずに)自分たちで整備する、 そういうモビリティ意識の現われとも捉えられる。

公共交通全体についても、これまでの「利用者の声をサービスに反映していく努力」から一歩進んで、 「利用者自身が公共交通の運営に携わる」という時代になっていくのかもしれない。 スクールバスの取り組みはその第一歩ではないかと思う。


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Last modified:2008/9/23

一橋大学鉄道研究会 ikkyotekken@yahoo.co.jp